ひと・もの・自然、調和が奏でる躍動のまち  ここでは観光情報をご案内してまいります! 

仁王像

仁王像

飯隈山照信院の門前にありましたが、明治初期の廃仏棄釈で破壊され、後に地元の人々の手によって復元されました。阿像の首は発見されていません。昭和51年に町の文化財に指定。
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所在地 鹿児島県曽於郡大崎町神領
問合せ先 大崎町教育委員会. 社会教育課
TEL/099-476-0548
アクセス ・野方インターより県道64号線を経由して、車で約23分
・志布志港より国道220号線と国道448号線を経由して、車で約20分
・国道220号線からショッピングストア大山横の細い筋を進むと突き当たったところに建っています
駐車場 なし

その他周辺の見どころ

飯隈山照信院本社跡

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飯隈山照信院本社があったとされる場所には、現在「熊野神社」として社がたてられています。昭和54年に畑から発見された正観音像と如意輪観音像が安置されています。

若一神社(大崎三の宮)

若一神社は以前は、若王子社、あるいは三ノ宮若王子社と呼ばれていて、飯隈新熊野権現宮の支社でもありました。創建は不明。祭神は切目王子(和歌山県熊野古道の五体王子神社が本宮)です。「丸十紋」の紋が残されている社殿から、島津氏ゆかりの神社であることが分かり、また島津氏によって再建されたと考えられています。
大崎郷の時代、五社詣りの三之宮として参拝されていました。
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飯福寺の石塔群

飯福寺跡の古石塔群は、通りから少し入ったところにひっそりと立ち並んでします。その数、264基。宝塔、残欠相輪、宝筐院塔、空風輪、五輪塔、板碑の6種類の塔から成り、応永初期から戦国初期のものとされています。
長年、野積みされていたものを昭和58年に調査し、一部を復元して、昭和59年に町指定となりました。
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義覚上人の塔

義覚上人は京都天台宗聖護院の修験者で、飛鳥時代後期に飯隈山飯福寺を創建しました。この五輪塔はその義覚上人のお墓と伝えられていますが、亡くなってからずっと後に建てられたものと推測されています。
地元では、「イボとけどん」と呼ばれており、イボができた時に行けば、イボが取れると言われています。
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鷲塚山・鷲塚古墳

妖怪が村人を悩ましていたことから、鎌倉時代に飯福寺を復興させた覚進上人が天竺の霊鷲山の土をこの山に埋め、3つの塚を築いて三世一体蔵王権現を勧請し、悪魔を封じをしたため妖怪が現れなくなったと言われています。
山頂には、3基の古墳(5号・8号・9号)が確認され、地下式横穴墓も山腹に多く発見されています。しかし、未だに見つかっていない地下式横穴墓も多数あるようです。
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飯隈遺跡群

飯隈台地に残る古墳群は、現在確認されているだけで9基。円墳の1号墳と2号墳は広域農道沿いにあり、道路側の1号は住宅の敷地で一部損壊しています。3号墳は消失し、4号墳、8号墳と9号墳は半壊しています。
写真は、1号墳と2号墳です。
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