ひと・もの・自然、調和が奏でる躍動のまち  ここでは観光情報をご案内してまいります! 

大崎町郷土資料展示室

大崎町郷土資料展示室

大崎町中央公民館内に設けられている、郷土資料展示室。

古くから行き交っているモノや情報、人の流れを感じられる貴重な資料が展示されています。
それらは縄文時代の出土品、近世の大崎郷で使用されていた品々、近代における戦争関連の資料など様々です。

団体様以外、開館時間内は予約なしで見学できます。

中央公民館

住 所 鹿児島県曽於郡大崎町仮宿1029
(大崎町中央公民館内)
時 間 8:30~17:00
休館日 土日祝、12/28~1/4
観覧料 無料
※団体での見学を希望される場合は、予めご連絡下さい。
問合せ 大崎町中央公民館
TEL/099-476-0548

その他周辺の見どころ

胡摩ヵ崎城跡

 創建は不明ですが、鎌倉時代の肝付氏によって築城されてから南北朝時代に落城するまで、大崎小学校から200メートル程西にある大地に築かれた天然の山城。

 建武3年(1336年)、千種忠顕※の雑掌(役人)が肝付氏の協力で胡麻ヵ崎城に立てこもり、宮方軍(南北朝時代の後醍醐天皇率いる南朝)を応援。

 正平3年~12年(1348年~1357年)には、南北朝時代の攻防と場となり、南朝方についていた楡井頼仲※は弟・頼重(よりしげ)と胡摩ヵ崎城で挙兵。しかし、北朝方の禰寝氏と畠山氏らによって攻撃され、弟・頼重は胡摩ヵ崎城で戦死。頼仲は志布志の大慈寺に逃れ自害し、胡摩ヵ崎城は陥落しました。頼重のお墓はいまだ見つかっていません。
 
※千種忠顕(ちぐさただあき)…鎌倉時代末期から南北朝時代の公家。後醍醐天皇に仕え、足利勢を九州へと追いやったが、再び京都へと戻った尊氏率いる軍と戦い、戦死。
※楡井頼仲(にれいよりなか)…南北朝時代に南朝方の武将として、志布志の松尾城を拠点として大隅、日向で活躍。大慈寺の創建者。

大崎城

 天正2年(1574年)、肝付氏が島津氏に降伏した後、天正5年(1577年)に島津氏の武将・比志島美濃守(ひしじまみののかみ)が大崎郷初代地頭となり、馬場・城内麓に地頭仮屋をおき、高台に新たに新大崎城を築造しました。

 現在、城の大部分は宅地造成により失われています。

西南戦争激戦地

 西郷軍に属する枦山氏率いる小隊と串良街道から侵入してきた官軍の偵察隊との刀戦をきっかけに始まった前哨戦。

 永吉から仮宿に進軍してきた官軍が加わったため、西郷軍は敗走しました。

お気軽にお問い合わせください TEL 099-477-2400 受付時間 午前9:00から午後6:00まで [年中無休]

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