ひと・もの・自然、調和が奏でる躍動のまち  ここでは観光情報をご案内してまいります! 

照日神社(荒佐神社)

照日神社(荒佐神社)

 元禄元年(1688年)荒佐野住民が大阪から移住するにあたり、伊勢神宮から勧請し、伊勢神宮と称していましたが、明治8年平野の照日神社と合祀されて以来、照日神社と称しています。
 境内には観音堂や創住記念日・展望所などがあります。毎年3月第2日曜日には「照日神社春祭り」が解されており、古くから伝わる神舞の奉納や歌謡大会・剣道大会が行われるほか、出店等が立ち並び、終日大勢の人々で賑わいます。
 また、同観音堂造立時に植樹された2本の杉があり、以前は枝が手を取り合うような形で絡でいて、それが「夫婦杉」と呼ばれています。現在は台風の影響で枝が折れてしまったようです。

所在地 鹿児島県曽於郡大崎町野方荒佐野
連絡先
アクセス 野方インターより県道64号線を経由して、車で約3分/徒歩で約10分。
駐車場 10台

その他周辺の見どころ

創住記念碑

 荒佐野への移住開墾に成功した祖先の偉業を伝えるため、大正15年に建てられました。移住のいきさつが記されています。

 野方にある荒佐野の歴史は元禄元年にさかのぼり、大阪の泉佐野から摂津国・和泉国の人々計128名が移住し開拓したことに始まります。

 これは、徳川幕府が始まる前の豊臣政権のもとで恩恵を受けていた大阪の住民が、徳川の政治に不満を持ち、その中で摂津国の郡奉行・出原次左衛門が中心人物となり、大阪と親交のあった島津家を頼って、島津の領地への移住を決意したことによります。当時、薩摩と商いをしていた和泉国の豪商の船で出帆し、着いた地が非常に荒れ何もないところだったので、故郷を偲ぶ気持ちとを合わせ「荒佐野」と呼ぶようになったと言われています。

西南戦争激戦地跡

 旧町立大崎第一中学校の近くでは、明治10年6月、恒吉(曽於市大隅町)の西郷軍本営から振武隊約2.000人が進撃を開始した際、これを官軍が迎え撃って激戦となった場所です。

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