ひと・もの・自然、調和が奏でる躍動のまち  ここでは観光情報をご案内してまいります! 

神領古墳群

神領古墳群

志布志湾に流れ出る持留川と田原川に挟まれるように位置する舌状台地に、4基の前方後円墳、9基の円墳、8基の地下式横穴墓が点在しています。そのうち神領10号墳は平成19~21年度に発掘調査がなされ、盾持人埴輪(武人埴輪)や、多量の初期須恵器、鉄製の武具が出土しました。5世紀前半には、横瀬地域で一大勢力が形成されており、大隅地域の有力者たちの動向を知る上で貴重な史跡であると考えられています。
現在、神領古墳群は埋め戻されていて見ることは出来ませんが、国道220号線から大崎幼稚園方面へ進み、幼稚園前を通った次の三差路のところに案内板が建っています。

所在地 鹿児島県曽於郡大崎町神領
問合せ先 大崎町教育委員会. 社会教育課
TEL/099-476-0548
アクセス ・野方インターより県道64号線と国道220号線を経由して、車で約25分
・志布志港より国道220号線を経由して、車で約25分
駐車場 なし

その他周辺の見どころ

南方神社

横瀬の村社であった南方神社。祭神は、タケミナトミノミコト、ヤサカトミノミコト。創建は不明。境内には早馬どんが祀られ、鳥居の前に廃仏毀釈で壊された仁王像があります。神社の右側には日清日露戦没記念碑が横たわり、横瀬から出兵した32人の名前が刻まれています。

薬丸弾正兼持の墓

肝付家の家臣で、龍相城を守っていた武将。薬丸家はもともと肝付氏の分家で、代々肝付家の家老を務めていました。薬丸弾正兼持(だんしょうかねもち)は、島津方と肝付方との椎ヶ島の戦い(益丸地区)において大野出羽守との一騎打ちで戦死しました。お墓は、後迫集落にある墓地の一角に残っています。%e8%96%ac%e4%b8%b8%e5%bc%be%e6%ad%a3%e5%85%bc%e6%8c%81%e3%81%ae%e5%a2%93-1-%e7%b7%a8%e9%9b%86

猪鹿倉丹後守忠兼の墓

椎ヶ島古戦場の激戦地に建っている武将の墓。猪鹿倉丹後守(いがくらたんごのかみ)は百引城主で島津方の武将で、この戦によりこの地で亡くなりました。
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大野出羽守の墓

大野出羽守(おおのでわのかみ)は、蓬原地頭で豊州島津方の武将とされています。
弘治2年(1556年)の島津方と肝付方の椎ヶ島の戦いにおいて、薬丸弾正兼持との一騎打ちで深手を負った後、この場所で自刃しました。

お気軽にお問い合わせください TEL 099-477-2400 受付時間 午前9:00から午後6:00まで [年中無休]

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