ひと・もの・自然、調和が奏でる躍動のまち  ここでは観光情報をご案内してまいります! 

古代ロマン

古代ロマン

「古墳」って聞いたことがありますか? 旧石器時代→縄文時代→弥生時代→古墳時代→飛鳥時代→・・・という時代の流れの中で、3世紀半ばすぎから7世紀後半の約400年の時代の古墳時代の遺跡だけを「古墳」といいます。ですから他の時代のものは「遺跡」といわれているわけです。
 そんなに古い時代の古墳がすぐ近くにあります。横瀬古墳といいます。史跡名勝天然記念物として国指定の文化財になっています。この頃の前方後円墳としては国内でも屈指の大きさで、近くの神領古墳群、唐人古墳群、塚崎古墳群とも関係が深いと考えられている。もちろん、当時の有力な人が埋葬されていたと考えられるのですが本土最南端の大隅にこれだけの古墳があるのは非常に興味深いところです。

yokosekofun950x500

 松林も天然ではなく、古くから農業や人民の暮らしを守るために、人の手によって植林されたものだということを考えると謎が深まります。

 隣町の大塚山展望所に登って、大隅平野を見渡すと平野部を流れる川、農耕に適した平野、風や自然の力を利用した当時の船舶が行き来するには最高のロケーションだったことが伺えます。

 実際に横瀬古墳は、下図のようにくっきりと残っています。周りに道ができていますが、実際の大きさはもう少し大きくて周りには埴輪が置いてあったようです。後円部頂上付近に陥没があり盗掘のあとのようです。国の指定になっているのと、後になればなるほど近代的な技術で調査できるために考古学の先生たちは必要最低限の発掘しか行わないそうです。

osakikofun

 大隅半島の古墳や遺跡をまわると、高層建築もないので当時の景色が目に浮かぶようです。 韓国や日本各地、南の島との交易がさかんに行われていたようでかなりの実力があったように思えます。

 大崎町周辺で、これだけの古墳をかかえると2基くらいの登り窯が近くにあったといわれていますが、古墳に埋葬された埴輪や焼き物はその窯で焼かれたということになりそうです。山手の方の谷筋に焼き物の窯の煙が見えたかもしれませんね。

jinryou

 ある時代だけの当時の遺跡をたどると、思いがけないルーツが見えてくるかもしれません。

PAGETOP